多焦点眼内レンズ

多焦点眼内レンズとは

年を重ねると殆どの人に発症する疾患が白内障です。白内障は水晶体が濁ってることにより起こり、一度濁った水晶体は元の透明な状態に戻すことはできません。以前は白内障から視力を失ってしまうことも珍しくはなかったのですが、現在は手術の方法が確立されて、日帰りで簡単に白内障を治療することができます。この手術では濁ってしまった水晶体を取り出し、代わりに透明な眼内レンズを入れて水晶体の代替をするというもので、ここで代替に挿入する眼内レンズには単焦点レンズと多焦点レンズ、それに乱視矯正も加えられたトーリックレンズなどがあります。

多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズの違い

一般的に健康保険適用の範囲でよく使われるのは、単焦点眼内レンズです。単焦点レンズはその人の生活パターンによって遠方、近方など決まった1つの範囲だけにピントが合うもので、ピントの合っている範囲ははっきりと見えるのですが、それ以外の範囲はクリアな視界は保つものの、ハッキリと見えるわけではありません。例えば遠方に焦点を合わせた眼内レンズを入れれば、近くを見る時には、別途老眼鏡が必要になります。
多重焦点眼内レンズは、1枚のレンズに特殊な加工を施し、屈折率の違いなどによって遠方から中間距離、近方と焦点を合わせられるように作られています。その為、遠くの景色を見ていても、さっと手許の地図を見るときにピントを合わせることが可能です。

当院で取り扱っている多焦点眼内レンズの種類と特性

Acriva Trinova IOL(アクリバ トリノバ)【自由診療】

Acriva TrinovaAcrivaUD Trinova IOL(アクリバ トリノバ)は、オランダのVSY Biotechnology社が製造している眼内レンズです。白内障手術後または老視治療のための水晶体摘出後の嚢内に挿入するシングルピース型マルチフォーカル眼内レンズです。
光学部はエッジがシャープでない同心円状のパターンとなっていて、ハロ(光の輪状散乱)、グレア(光のにじみ)が少ない構造になっています。中間用として+1.5D、近方用として+3.0Dが加入されていて、さらにEDOF(Enhanced Depth of Focus)という焦点深度を広げる機能を追加して、遠方、中間、近方がスムーズにみえるように設計されています。また、乱視を矯正できるトーリックレンズもあります。2017年10月にヨーロッパCEマークを取得し販売を開始しました。国内未承認の画期的な多焦点眼内レンズです。

光の分布

Acriva Trinovaは、92%の光が遠方から近方に焦点があっており、他の回折型マルチフォーカルに比べ、効率的に使われています。どの瞳孔径でもほぼ同じ光の量が遠方、中間、近方に収束し、明るいところでは遠方41%、中間30%、近方29%に、暗いところでは遠方45%、中間25%、近方30%に光が分布しています。

Sinusoidal Vision Technology (SVT)

アクリバトリノバは、エッジがシャープでない回折パターンの光学部をつくることができるSinusoidal Vision Technologyで製造されています。光学部の形状はsinusoidal function(正弦波パターン)に基づいていて、スムーズに変化する表面プロファイルとなっています。従来の典型的な3焦点レンズと違って連続的な見え方を達成することができ、ハロ(光の輪状散乱)やグレア(光のにじみ)、スターバースト(光の放射状散乱)が少ないとされています。
正弦波パターン
典型的な重複回折パターン

光透過率

従来の典型的な回折パターンの3焦点レンズは約15%の光ロスを生じますが、アクリバトリノバはステップのない回折ゾーンによって光のロスを8%と最小限に抑えています。従って、光透過率は92%となり、光透過率が高いほどコントラスト感度は良好です。

見え方

Acriva Trinovaの解像力を他のトリフォーカルIOLと比較すると、明るいところ、暗いところともに遠方、中間、近方ともに良好な見え方を示しています。

色収差

Acriva Trinovaのアッベ数(透明体の色分散を評価する指標)は58という高い値を示しており、アッベ数が低い(下右図)ほど色収差(色のにじみ)が発生しやすくなりますが、Acriva Trinova(下左図)は色収差が少なくシャープに見えます。
※費用についてはお問い合わせください。

PanOptix(パンオプティクス)【選定療養】

 

AcrySof® IQ PanOptix® TrifocalPanOptix(パンオプティクス)アメリカのアルコン社から発売された3焦点多焦点眼内レンズで、日本国内初承認の3焦点眼内レンズです。遠方(5m)・中間(60cm)・近方(40cm)3点での見え方に優れ、眼鏡使用頻度の大幅な減少が可能です。高い光透過率(88%)により、遠方・中間・近方のすべての距離において鮮明な視覚が得られます。約95%の人が手術後に眼鏡をかけなくても生活できるようになったというデータもあります。乱視を矯正できるトーリックレンズもあります。

当院で扱う多焦点眼内レンズ一覧表

レンズの種類
名称アクリバ トリノバクラレオン
パンオプティクス
テクニスシナジークラレオン ビビティ
光学部デザイン回折+焦点拡張型 3焦点回折型 3焦点回折+焦点拡張型波面制御型
乱視矯正ありありありなし
レンズ度数間隔(ジオプター)0.50.50.50.5
焦点の特性遠方+中間+近方遠方+中間+近方遠方~近方遠方~中間
近見の焦点距離40cm40cm40cm60cm
グレア・ハローの自覚少ないありありとても少ない
読書
パソコン作業
スポーツ(ゴルフ)
夜間運転
生産国オランダアメリカアメリカアメリカ
メーカーVSY Biotechnology社アルコン社AMO社アルコン社
費用自由診療選定療養選定療養選定療養
備考国内未承認国内承認国内承認国内承認
 遠くから近くまでピントが合う3焦点レンズです。
やや近くの見え方が弱いですが、ハロ・グレアが出にくく自然な見え方で慣れやすく、夜間の運転にも影響が出にくく、バランスが良いレンズです。
遠くから近くまでピントが合う3焦点レンズで、選定療養の3焦点レンズとして実績があるレンズです。ハロ・グレアが若干出やすいです。選定療養の多焦点レンズの中ではバランスが良いレンズです。焦点拡張型と2焦点レンズを組み合わせたレンズで、遠くから近くまでピントがあうレンズです。ハロ・グレアが若干出やすいです。夜間の運転が少ない方で、近くをしっかり見たい方に向いています。遠方から中間まで連続的に見えるレンズ。単焦点眼内レンズと同等の良好なコントラストで、ハロ・グレアがほとんど無いため、夜間運転する方やスポーツをする方に最適。手元はメガネが必要なことがあります。

多焦点眼内レンズを使うことができない方

多焦点眼内レンズは、現在は白内障以外に目の病気がある方には適応できません。また、時計修理や文字校正など、細かいところに目を使われる方にも向いていませんので、よく医師と相談して、最適なレンズを選択する必要があります。
以下は多焦点眼内レンズを入れることができない方の例です。

網膜、特に黄斑部の疾患

程度によって、適応できる可能性もあります。その為、詳しい検査を行います。

緑内障などの視神経疾患で、中心部にも視野障害が及んで場合

初期の緑内障で視野欠損が周辺部だけの場合は手術が可能なケースがあります。

角膜不正乱視がある

自覚症状のない場合もあります。術前に角膜形状解析検査を行って手術が可能かどうかを判断することになります。また、昔の眼窩疾患や外傷などによって角膜に薄い混濁が見られる場合もあります。いずれのケースでも、軽度であれば手術が可能なこともあります。

神経質な方

これは、疾患というわけではなく、気持の問題に大きくかかわるところで、非常に判断が難しいところです。
多焦点眼内レンズに過度な期待を持ちすぎると、結果が思ったほどでないことによって、落ち込んでしまうようなこともあります。また、多焦点眼内レンズの場合、コントラスト感度が単焦点のものより若干低い傾向があり、また光をまぶしく感じるグレアや滲んで感じるハローといったクセのあるものもあります。
そういったクセをことさら強く感じてしまって気になってしかたがなくなる方もいます。
むしろ白内障で曇っていた視界がクリアになり、さらに眼鏡をかけなければ見ることにも不自由をしていた状態から、ほとんど裸眼で一日を過ごせる状態になる便利さを割りきってしまえない方には、多焦点眼内レンズはあまり向かないと言えるでしょう。
しばらく使い続けているうちに、新しい見え方に慣れて快適に日常生活を送ることができるようになることがほとんどです。

選定療養

多焦点眼内レンズを使用する白内障手術を受ける場合、当院では選定療養の費用として、通常の診療費とは別に以下の金額をご負担いただきます。

クラレオン パンオプティクス(乱視矯正なし)290,000円
クラレオン パンオプティクス(乱視矯正あり)330,000円
テクニス シナジー(乱視矯正なし)290,000円
テクニス シナジー(乱視矯正あり)330,000円
クラレオン ビビティ(乱視矯正なし)290,000円

選定療養とは

選定療養とは、患者さんご自身が選択して受ける追加的な医療サービスで、その分の費用は全額自己負担となります。
令和2年4月より、術後の眼鏡装用率の軽減を目的とした多焦点眼内レンズを使用する白内障手術は、厚生労働省が定める選定療養の対象となりました。
当院は多焦点眼内レンズの白内障手術を行う医療機関として届出をしています。多焦点眼内レンズの対象となる患者様には診察時に詳細をご説明致します。

老眼について

目の働きというものは、実に不思議に富んでいます。例えば地図を片手に散歩することを考えてみましょう。遠くの景色に心を和ませ、ここはどこなのかを知るために、近くの電柱などの住所表示を確認する。今どの辺に居るのかを知り、次にどこに向かうか、手元の地図を見る。それらの動作で見るのもは、どれも瞬時にピントが合い、迷うことなく様々な情報を確認することが出来る。健康な目はこのような複雑な作業を何の苦も無くやってしまうのです。
たとえ近視や遠視、乱視などの屈折異常があっても、眼鏡やコンタクトレンズで正しく矯正すれば、目のピント機能は瞬時に働きます。
これは、目の中でレンズの働きをしている水晶体に予め柔軟性があり、それを取り巻いてレンズ(水晶体)の厚さを調節する筋肉にも張りと力がある為に、脳からのピントを合わせろという指令に瞬時に反応できているからです。
ところが、人によって違いはありますが、30歳を過ぎた頃から、徐々に晶体は硬くなり、筋肉も張りを失っていきます。そして40歳を過ぎると、電柱の住所表示から手元の地図に目を移したとき、「あれ?なかなかピントが……」と戸惑うことが起こります。
また、地図から遠くの景色を見ようとしても、今度は遠方にピントが合わないといったことも起こります。
こうした、加齢によるピントの調節機能の低下を老眼(老視)といいます。屈折異常から手元や遠くにピントが合わない状態ではなく、ピントを調節する機能そのものが衰えた状態になっているのです。
これは、加齢による自然な現象で、誰にでも起こりうることです。

多焦点眼内レンズでの老眼治療

多焦点眼内レンズの歴史はそれほど長くありませんが、それでも2007年に厚生労働省によって認可され日本国内で使用できるようになってから、20年近い年月が経ち、当院でもこれまでに多くの多焦点眼内レンズを使った白内障手術を行ってきました。
近年では、特に手術の手技が確立し、また手術用の機器も発達した為、以前のように数日の入院が必要な大きな手術ではなく、日帰りで気軽に受けられるように変化してきました。
多重焦点レンズは、たしかに遠方・中間距離・近方とスムーズに焦点を切り替えることができる優れたレンズですが、若かったころの柔軟ですばやいピント調節を取り戻せるわけではありません。
光を屈折率の違いによって、うまく振り分けて2か所または3か所といった決められた焦点範囲にピントを合わせるような仕組みになっているわけで、本来の目のピント調節のように、切れ目なく遠くから近くまでシャープに焦点が合うというわけではないのです。
また、多焦点レンズを入れると、光がややまぶしく見えたり、滲んで見えるといったようなこともあります。
過度の期待をされる患者さんもいらっしゃいますが、十分にそのことを理解していただいた上で、ご自分の生活形態に合ったレンズを選んでいただくことをお勧めしています。
例えば、本や新聞などを読むことが多く、外出は散歩程度、自動車の運転もしないという方ならば、遠方より近方の見え方に優れたレンズを選ぶ、自動車を運転し、スポーツなどでも積極的に活動するというような方は遠方に重点をおいたレンズをなどのような選択が考えられます。
過度に期待されていたとすれば、多焦点眼内レンズの見え方に不満を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、自分の生活形態を正しく整理して、自分にあったレンズを選択すれば、それまで必要だった眼鏡やコンタクトレンズなどをほとんど装用することなく、日常生活を快適に送っていただくことができます。
どんなレンズを選んだら良いかについては、当院でも詳しく相談にのっていますので、いつでもお声かけください。
なお、多焦点眼内レンズは、現在のところ健康保険適用外で自費診療または選定療養となっております。

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